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創業120年の酒蔵を陰で支える、酒造りの最高責任者「杜氏」の話 #しまんとひと名鑑

高知県四万十町の窪川地域に唯一残っている酒蔵「文本酒造」は、事業継承を経て昨年7月、創業120周年を迎えた。そこへ杜氏として茨城県から移住してきた石川博之さん。
杜氏だからこそ感じる四万十町の魅力、酒造りに反映される「川が流れる町」とは?

「文本酒造」は1903年、明治時代に四万十町で創業し、2022年に事業継承し、昨年5月に「fumimoto brewery」としてリニューアルオープンを迎えている。

そこへ杜氏としてやって来たのは、石川博之さん(51)。

石川さんは、茨城県常陸太田市出身。24 歳から茨城県の酒蔵「磯蔵酒造」に入り、12 年間は作り手として下積みを、36 歳の時、師匠が引退をするというタイミングで杜氏となった。
「一生かけてやれる仕事というか、終わりがない仕事がいいなと思ったんですよね。積み上げていくことができるような仕事」

そんな思いで酒造りの道へ進んだ石川さん。杜氏として14年間、酒造りに携わり、その酒蔵を退職後、全国いくつかの酒蔵から「うちへ来ないか」と声をかけられた。ただ、「面白そうだ」と感じた酒蔵は、高知県四万十町にあった。

文本酒造はその当時、コロナ禍の影響を受け商品の製造が停止し新たな営業を止めざるを得なくなっていた。そんな中、現fumimoto brewery の専務取締役を務めるあべ達也さんが目をつけ、復活させるべく動き始めた。

酒造りには杜氏が欠かせないということで、あべさんから声がかかったのが石川さんだった。「以前勤めていた蔵を辞める時に、他にもいろんな蔵から声をかけてもらったんですよ。でも、「この味を再現してほしい」とか「この味を継承してほしい」というところが多くて。僕はそれよりも、新しいことがしたかった。性格ですかね。ここはまるっきりリスタート。もうゼロから。下手したらマイナスから。こんな機会無いなと思って、そこが面白いなって」

3 年間醸造が滞っていた酒蔵の状態は、決して良いと言える状態ではなかった。あべさんからのオファーを受け、石川さんは昨年6 月に現地を訪れるも、すぐに酒造りを始められるような状態ではなく、最初は一度断ったという。ただ、あべさんを筆頭に酒蔵へのテコ入れが行われ始め、整備が進んだ。

「一度お断りをしたんですけど、その後もう一度連絡があって、8 月にまた四万十町へ来たんです。その時には段々と綺麗にし始めているところで、今後もさらに整備を進めていくという予定を聞いて、「じゃあ」と」

縁もゆかりもない土地、整備が始まったばかりの酒蔵へ来ることを決めた石川さん。もちろん、杜氏という仕事が先に理由となって移住を決めたわけではあるが、四万十町という町にも魅力を感じたという。

その一番の魅力は、「人」。「居心地が良すぎるんですよね、本当に。いい人ばっかり。こっちに来て、嫌だなと思う人にまだ出会ってないんですよ。みんなにそう言うと疑われますけど、本当に」

さらに気に入っているのが「四万十川」。「小さい頃から地元でも川遊びをしていたので、僕、川が好きなんですよ。川が流れている町って、いいなぁと思いますね。休みの日も四万十川の上流へずっと登っていくのが好きだなぁ」


石川さんが気に入っている「四万十川」は、四万十町が誇る日本最後の清流で、純米大吟醸「SHIMANTO」としてfumimoto brewery の新しい顔になっている。

「四万十」というワードは、今や全国的なブランド。その雄大な自然にファンも多く、海外にも知られているこの名前を用い、日本だけではなく国外市場も狙っていくという。その背景には、「四万十町の酒蔵」をあべさんたちが事業継承した意味が隠れている。

「酒蔵を継承させてもらいたいとお願いをした時にも、ここでやるからこそ価値があるということを説得させてもらいました。だから、僕たちが作っているお酒の名前には「四万十」という言葉を、お米も四万十町産の仁井田米を100%使用しています」

そう話すあべさん。

日本全国どこにいても手に入るような米ではなく、多少高くても地元の米を使用していく。あべさんたちが拘っているのは、農家や若い子どもたちに夢を、可能性を感じてもらいたいという思いがあるからだそう。

「段々と農家になりたいという若い子たちが減っているけど、可能性を感じてもらいたいですよね。それに、都会に憧れる高校生も多いと思うけど、ここから出ていけない子たちだっている。その子たちに何の夢でもいいんだけど、この町にはなんか面白いことをしている人たちがいるなって、夢を持ってもらえるような企業であればいいなと思っています」

再出発したfumimoto brewery は、酒造りだけではなく、併設した店舗でバーの営業を行なったり、老若男女問わず地域の人々に開かれたコミュニティスペースとしての機能も持ち合わせている。地域の人たちの拠点となる場所へ、そして、そこで造られている”完全四万十町産”の日本酒が世界へ羽ばたいていってほしい。そんな願いが込められた新・文本酒造だ。

そのお酒を作る杜氏・石川さんも、思いは同じ。

「にこまる(※)の持っているポテンシャルを最大限に引き出すというか、にこまるの良さを表現できればいいなぁと思いながら造っています。まだまだ改良の余地はある。四万十川の雄大さ、綺麗さをこれからもっと出せるようになればなと思いますね」

これからどうなるのかわからなかったスタートから2 カ月。「もしかしたらうまくいくかもしれないし、だめかもしれない」というワクワクとドキドキを抱えながら、石川さんはこの町の魅力を「酒造り」という術を使って表現しようとしている。

「四万十町の人たちには「おらんくの町の酒」、「うちにはSHIMANTOっていうお酒があるよ」って言ってもらえるようなね。地元の人に愛されて、誇りに思ってもらえるような、よそへ行く時にお土産に持って行ってもらえるようなお酒を作れたら。「こんなのあるんだよ、美味しいんだよ」って言ってもらえたら、いいですよね」

四万十町の人を「おおらか」「人懐っこい」と言う石川さん。飲み屋に行けば、見ず知らずのお客さんが奢ってくれることもあるという。そんな温かい人たちと、川が流れるこの町で、杜氏として、新しい暮らしをスタートしている。